前向きな後ろ向き 9月4日 三夜明け
なかなかまとまった時間をとれずにいましたが、これから腰をどーんと落ち着けて日記を書きます! 巨編ですよ!!
ここ数日、文章を満足に校正しないまま日記のアップを続けてしまって、もうそうなると自分は一体何を口走ったんだかこわくて読み返せず、新たな記事にも立ち向かえない悪循環に陥っていましたが、ついさっきお慕いしている学芸員さんからメールがあって、日記を誉められ元気になりました。
いただいた感想を無断転載します。文字数稼ぎたいとか思ってないです。
「ブログ見た!アップミスワロタ。
学芸員さんのやりとり面白いねー。会期中の疲れ苛立ちも生々しくでてて読みこんじゃいました。やっぱり人の棘のある言葉とかって蜜の味なんだな。どう転んでも陰気な展示にならないのはくるみさんの底なしのとこだねー。学芸員さんもおっかなそうだけど真摯ー。いい人と組めてよかったのう。
改めてお疲れ様でした!」
棘のある言葉は蜜の味、か……。
山下さん、おっかなそうに見えておっかないですよ。山下さんはよく何かしらに毒づいているのですが、いつか「ゆうべ友だちから『山下さんの毒はオーガニックな毒だから』って言われたの〜」と、うれしそうにおっしゃっていたことがあって、だからなんだよ。わたしは背筋がぞっとしました。まるでオーガニックであることが免罪符のように微笑んでいらっしゃいましたが、普通に考えてナチュラルな毒って最凶だろ。毒が農薬の類いならまだしも、山下さんの内側からこぼれる毒は天然な分たちが悪いと思う。無農薬栽培で研ぎすました山下さんの鋭利な棘に刺されてわたしはいつも傷ついていましたが、傷口から入った猛毒が蜜に変わっていたのだとしたら良かったです。
って超うそ。ほんとは、メール来てすぐ「山下さんは全然おっかなくないですよ!」って返信してるのに、いざ日記となると「山下さんおっかない説」を強化するようなことを書いてしまいました。
どうしてこと山下さんの話題になるとわたしは事実と反することを言ってしまうのだろう?
昨日の日記に書いた、背中にゼッケンをつけた理由にしても本当はもっと単純で、
「山下さんといっしょに最後の道場を駆け抜けたい。」
その一心から生まれたアイディアでした。
細かな砂利に足をとられながら道場の前を行ったり来たり行ったり来たり。頭に浮かぶのはこの一ヶ月間、二人三脚でいっしょに七転八倒してくれた山下さんの姿いろいろでした。
タコに絡まってもんどりうっていた山下さん、鍋が滝の階段を登る途中で「もう動けなーい」とすがりついてきた山下さん、トラバターで腕が疲れて誰より早くあきらめていた山下さん、ルームランナーの上で息も絶え絶えにカルタを読み上げていた山下さん、ルンバの写真で抜け殻だった山下さん、父の背中の物語に涙ぐんでいた山下さん、人魚が不気味だったというクレームに敢然と立ちはだかってくれた山下さん。
山下さんと猛スピードで突っ切った制作道場の日々がぐるぐる脳裏を巡りました。
とりわけ、階段で立ち往生したり、駐車場で少しでも歩かず済む場所を探したり、食が細かったり、食が細ってガス欠になってワナワナ震えていたお姿が印象的です。体力のない人って大変なんだなあと思いました。
今日は心配しないでください! わたしが、山下さんを背負って走りますから! そんな気持ちでゼッケンをつけたいと申し出ました。
なんか……体力のない山下さんをおぶって走るって………。
う、う、う、う、う、…………姥捨て山?
山下さんが描いてくれた顔。ほうれい線のリアリティ。
降りしきる雨は容赦なく、姥の寿命は一瞬で尽きました。
姥を捨てるつもりはなかったのですが…。いつの間にかのっぺらぼう。
姥捨てとか言って、わたしは+zenメンバーとの絆まで捨てる気です。
以下、+zenの面々、梅木さん時松さん江藤さん。みんなまとめて姥捨て。
....梅木さん
....時松さん
....江藤さん
梅木さんの顔は描いたそばから溶けてしまってホラーだし、時松さんの定型顔も舌がチロンで人を小馬鹿にしているし、江藤さんに至っては斜視に加えて虫歯まで描く芸の細かさ。汗と雨がそれら全部を気持ち良く消してくれましたー。
しかし+zenとの悪意のプロレスも今日が最後です。「みんなからの気持ちだよ!」と、エイドに並んだ大量の食糧を見て、思わずしんみりしました。どう考えても消費カロリーを摂取カロリーが軽く超えてしまう量。
手作り野菜に高級ケーキ
手作りジュースとジャンクフード
ストレス社会で闘うあなたに
大好きなこんにゃく寿司が3Pも
ゆで卵やうまい棒に手をのばすと、スタッフの梅木さんが微妙な顔でこちらを見てきます。気味悪く思いながらもおいしくいただいていると「もそもそ、ぱさぱさして食べにくいかと思ったのに…」と悔しそうにされていました。食の太さナメんなよ。意地悪に気づきもしませんでした。エイドの充実した物量がそのまま愛の大きさに比例している気がして舞い上がっていましたが、とんだ誤解でした。現実はもっとヘビーです。こんにゃく寿司も、こんにゃくゼリーみたいに喉に詰まらせて死ねってことなのかな……。
これ全部わたしひとり分。この後も食糧はどんどん増えました。顔を描いてもらっている間が補給タイムです。わたしは体脂肪のおかげで、本当は8時間くらいなら何も食べなくても走れるのですが、食べ物を前にするとサービス精神に拍車がかかって、せっせと胃にカロリーを打ちまくりました。マラソンというよりフードファイトでした。
..
..
..
..
..
..
..
..
..
..
みんなの顔、いいですよね。自信を持って走れました。疲れてだれそうになる時は、背負っているゼッケンの存在が気持ちの支えになりました。山下さんに言った「みんなと走りたいんです」は表向きの理由で、本音は「わたしがみんなのぶんも走ってやるよ」という高飛車なものだったのですが、結局いい子ぶって公表した表向きの理由に裏の自分が追いつかれてしまいました。ださかったです。悪ぶってすかしてんの?
でもわからない。山下さんのコメントに、何か違和感もあるんです。
『前向きに走るときには「若木くるみ」として、後ろ向きに走るときには「顔を描いてくれた人」として走るようになった』
確かにわたしは「若木くるみ」として前向きに走っていたし、「描いてくれた人」として後ろ向きに走った、ように見えたかもしれません。でも、どちら向きで走っても顔はいつも両面にあるわけで、そうすると「若木くるみ」で前向きに走っているとき「描いてくれた人」はお休みしていたわけではなく彼も後ろ向きで走っていたことになります。「描いてくれた人」が前向きのときは「若木くるみ」が後ろ向きで走っていた。…わかるかな。だから、わたしとしては、ただの「若木くるみ」なんていないっていうか、もう本人の存在すらなくて、本人じゃなくて半人なんです。「若木くるみ」が主人公なんじゃなくて、後ろの人もメインなんです。こういうこと書くと病気だと思われますか? でも、走っているときは本気で後ろの人と一心同体で、右手、左手でバトンリレーをしていたけれど、後頭部が主人公のときは左右反転するので、自分としてはずっと利き手でリレーをしているつもりでした。
前向きで走る(右手)
後ろ向きで走る(左手)
だからもう、前も後ろも右も左も、便宜上の表現に過ぎないと思ってください。自分はあやういゾーンに入りかけているのではという自覚もあるのですが、マラソンで培った己を欺く技術(この苦痛は現実じゃない、等)と、後頭部に輝くそれぞれ人格を持ちかねない完成度の顔との相乗効果で、「おれがあいつであいつがおれで」な混乱が起きているのだと思います。
リレーの往復回数はホワイトボードにクラフト紙を張って、黒いクレヨンでチェックしていたのですが、模造紙がなかったせいで仕方なく張ったクラフト紙の薄茶色が、だんだん自分の肌に思えてきました。
小国で過ごしたできごとをひとつ浮かべて印、またひとつ浮かべて印。 自分の肌に、なにひとつ忘れまいと入れ墨を入れているような、そんな錯覚。
…この手の感傷的なフレーズは日記に書くことを想定して走りながら暇つぶしに考えました。それが黒い印で埋まっていくクラフト紙が今度は頭皮に見えてきて……。
毛穴からひゅんひゅん踊る毛髪たちは、後頭部からいつか伸びていく未来を夢見ているようでけなげでした。思い出の入れ墨を打つよりはそっちのほうがよっぽどリアルな感覚だったので、わたしは掲示板に増えていく毛穴の数が髪を生やせる希望とイコールだと決めて走りました。
頭皮に逃避
お客さんにもたくさん描いてもらいました。消えた顔とセットでどうぞ。
..
古川さん
..
たけぐちさん
..
宇野さん
..
ぽっぽさん
..
鈴木さん
..
武内さん
..
堀川さん
..
松野さん
..
坂口さん
坂口恭平さん!
ぎゃあー
数年前から、「くるみちゃん坂口恭平読んだ? 絶対すきだよ」と複数の友人知人からおすすめされていた作家さんが坂口さんでした。ご本人に、でもまだ読んでないって申告できてすっきりしました。
午後、東京から熊本空港に到着したばかりという超多忙の坂口さんが小国の坂本善三美術館までいらしてくださった経緯は以下の通りです。
石膏像の日に見えたお客さまが道場を気に入ってくださって「これは恭平に見せんといかんなあ」とつぶやいておられたのを聞き逃さず、石膏像に成り済ますことも忘れてわたしは思わず叫んだのでした。「坂口恭平さん大ファンですー!!!」
本当はお名前と活動を少し存じ上げていて、好意を抱いているくらいだったのですが、これから絶対大ファンになるからどうか連れてきてくださいと懇願しました。そしたらスタッフの江藤さんが本当に坂口さんの大ファンで、わたしは江藤さんにいただいた一生かけても返せないほどのご恩をチャラにする大チャンスと思って、どうしても坂口さんに来てもらいたいと切々と訴えました。
そのようにして拉致も同然で連れてこられた坂口さんでしたが、いやな顔ひとつせず顔まで描いてくださって、胸の高鳴りを抑えてスマホの画面を覗きこんだらその色味がすごかった。興奮して鼓動が爆発しました。わたしの走っているときのゾンビ顔が見事に再現されていて、やだあー、天才ー。もちろん心で言いました。
坂口さんご自身のお心を表す顔色ではないことを願うばかりです。
そして坂口キョーヘイゼッケンをつけてくださり、わたしは口から泡を吹きました。意味がわかりますか? わたしは今から坂口恭平を背負って走るんですよ! あまりに恐れ多くて「今がわたしの人生のピークです!!」と絶叫しましたが、わたしはこのフレーズを今までの人生で10回は使っています。便利な言葉です。
黄色いバトンを握りしめた左手をピンと掲げて「坂口、行って参ります!」と選手宣誓。「逝って参ります」と脳内で変換してスタートしました。
後ろ向き
後ろ向き。
坂口さんとそのお仲間も見守ってくださいます。
後ろ手でバトンパス
左手から
右手へ前向き。
バトンがどちらの手にあるかで進行方向を見分けてください。
バトンを持ち替えて、後ろの自分と前の自分とがリレーする、というアイディア自体、坂口さんの躁鬱にヒントを得て生まれたことをめちゃくちゃ言いたかったけど言い出せなかった。言ってぶっ殺されたかったです。
....
坂口さんが顔を描いてくださったのが4時すぎ。
制限時間は閉館と同時の5時までです。ゴールの仕方を考えていなかったわたしは焦りました。前向きにゴールするのか、後ろ向きにゴールするのか。顔を描いてくださった方全員のゼッケンを持ってゴールしたいとは思っていたけど、後ろの顔は坂口さんのままでいいのか? いいけどねとも思いましたが、さすがにそれはないという気もしました。坂口さんでゴールって、後ろのパワーが強すぎる。もう若木いらねーよってなっちゃってもそれはちょっと…。坂口さんからまた別の方にバトンをパスするためには後ろの顔を消す必要がありましたが、このとき不運にも雨はあがっていて、わたしは汗で坂口さんをかき消そうと、熱い湯を飲み下して必死で走りました。
「次の顔、だれですか!? ゴールはどうしよう!?」
坂口さんの顔が消えたという合図でエイドに飛び込み相談しました。
最後はスタッフや画家の友人たちで一筆ずつ描くのかなと思っていましたが、山下さんが最終ランナーを引き受けてくださいました。
ぱさぱさ攻撃をしかけてきた梅木さんが感極まって泣いてた。梅木さあん
背中には、全員のゼッケンを重ねて留めます。分厚いゼッケンの束はずっしりと濡れそぼって、重量以上に重く感じました。
前と後ろでくるくるまわりながらゴールすればいいのかな…。確信が持てず皆に問うと、まわりながらゴールする派と、全力でゴールしてほしい派に分かれました。けれども後ろ向きで全速力を見せるのは難しい、しかし前向きでゴールするのではこれまでのすったもんだ全部がなにそれってことになってしまう。後ろに顔ある必要ないじゃん。
「ゴールテープはつくってあるよ! テープ切ってゴールするの!」
友人たちが、ゴールのための小道具を何か準備してくれているそうでした。じゃあ、背後でゴールテープかまえてもらっといて、それで後ろ向きに走ってぼよーんと一回テープに触れるから、そっから急いでテープを前のほうに持ってきてもらって、最後は前向きにテープを切る、ということでまとまりました。
準備が出来ました。
制作道場がはじまったときと同じ、この顔。
今回の滞在展示のため善三美術館に下見に来たのが6月です。制作道場をすることに決まって、柔道着を借りてきて、顔を描いてもらって、チラシ用の撮影をして、それはほんの3ヶ月前のことなのにとても遠くに感じられました。そのときも山下さんにうしろの顔を描いてもらったのでした。山下さんは「わたし美大とかじゃないもん」とぼやきつつも、様々な絵画の参考資料を手にこの顔をつくってくださったのでした。
思い詰めているような、驚いているような、凍えているような。見開いた瞳孔と、かたくむすんだ真一文字の口元。表情がないことがかえって豊かな表情を喚起させるようでした。
でもけっこうまぬけだとも思う。
ラストランです。
エイドからバックしてスタートを切ったら、いつのまに。
右手に垂れ幕がかかっていました。
これが、件のゴールテープか! それは画用紙を繋ぎ合わせて長くしたものでした。一枚一枚が制作道場の思い出になっていて、最終日に総集編をやりたいと言ったわたしの没案が友人たちの手で叶えられていました。
行っては戻り戻っては行き、
戻っては行き行っては戻り。
後ろ向きのわたしのペースが落ちるのを利用して、横目でちらちら眺めました。人魚も仏もタコもトラも父も母も、全員揃っていました。
最後まで応援してくださっているみなさんに、「ゼッケンちゃんとつけてます!」アピールをしたくて、背中でゼッケンの束がはためくよう肩甲骨を過剰に動かして腕振りしました。でもあんまりだれも気づいていないようでした。
感動せよと言わんばかりの総集編演出に、わたしは気持ちをどう返せばいいのか。
使えるアイテムは目の前の掲示板だけでした。
「あ」「り」「が」
埋まりきらなかった掲示板の余白に一文字ずつ殴り書きを投じました。
「ありがとう」を書き終えたところであと5分も残ってしまって、かといってもうただの印チェックには戻れず、やむを得ず「善三美術館」にチャレンジしましたが画数が多くて頓挫しました。「善」1文字書くのに3往復かかりました。
あと1分!
ゴールできる。
「ゴールできない」初日から始まって、30日間、ゴールの景色なんて想像できた試しがなかったけれど、もう、今、ゴールします。
背中でぼよーんから、その反動で前へ。
ゴ
ゴ
ゴ
ゴール…
ゴールテープを切るとき、ちゃんと切れるかこわかった。
クラッカーも鳴り響いた。
拍手が沸き起こった。ゴールしました。
ありがとうございました
ありがとうございました! 後ろの顔でも。
感謝の言葉の次に速攻「感動に巻き込んですみません!」と、集まった方々への謝罪の言葉が出てきて、自分の後ろ向きが健在であることに安心しました。
友人たちが手作りのメダルをわたしと+zenチーム全員に用意してくれていて、メダルを裏返すとそれぞれにねぎらいのメッセージが記されていて、全精力を傾けて我々を泣かそうとしているようでした。あれからメダルがどこにも見当たらず何が書かれていたかもちっとも覚えていないのですが、うれしかったことに変わりはありません。
江藤さんの姿が残っていない。坂口さんに夢中だったのかな……。
山下さん、何もかも本当にありがとうございました。
杉先生がゴミ拾いしてくださっている…
ここでも傍らでクラッカーのゴミを拾ってくださる坂口さんのお姿が……。土下座したい。
このあとだれかがわたしから湯気がでていると発見して話題になった。
人間地獄蒸しです。
この場にいる方いない方、おつきあいくださってみなさん本当にありがとうございました。おつかれさまでした。
打ち上げで、今日走った数の集計が発表されました。
往復830回。
じゃくじゃく言う砂利の音と、足裏の感覚とを忘れません。
髪を生やす間もなく、来週から六甲ミーツアートというイベントに参加します。
9月14日から11月24日まで。無休。
会期中毎日会場にいます。
よろしくお願い致します。