阿蘇カル(デラスーパーマラソンのウ)タ 〜百人一種〜 8月25日
以前イカになった日に偶然美術館にいらした、ランナーの澤田さんとおっしゃる方から後日お電話をいただきまして、耳に飛び込んできたのは「企画を考えたんですけど……」のお言葉。うっすら寝ぼけていたのですが、一瞬で起きました。恐れ入って、電話を耳に押し当てながら何度も何度もおじぎをしました。
澤田さんのアイディアは、「阿蘇カルデラスーパーマラソン」をテーマにカルタをつくってはどうかというもの。阿蘇カルデラスーパーマラソンとは、小国町役場もボランティアとして参加している地元阿蘇のマラソン大会で、わたしは昨年100kmの部に出場、澤田さんは今年出場されています。
提案してくれた内容は、「阿蘇はあか牛が有名だから、イカランナーの牛バージョンみたいな、足は人間で頭はあか牛で阿蘇を走って…、で、カルデラからちょっと韻を踏んでカルタ、とか百人一首とか…」みたいな感じで、そんなに冴えてるわけじゃなかったのですが、このアイディアをかたちにしたら、そしてそれが週末だったりしたら「絶対また見に行きます」ということだったので、それはもう!なんとしてでも来ていただかなくては!! ということで「日曜日にカルタ大会!」が今週の目標になりました。
使えるなと思ったのは、「百人一首」の語感。100枚あるなら、読み札は、スタートしてから100kmまでの、1kmごとのランナーの心情を綴ってはどうか。時間がない中で100枚どう描ききるかが問題の絵札は、阿蘇カルデラを走ったランナー100人の姿を版画で摺れば期日に間に合うのではないか。版は「一種」で首から下だけを摺り、顔は別個に描き足していく、「百人一種」。
ランナーの版と 版画
読み札は、大会ホームページに載っているコース図を見ながら走った当時を思い出して書き、絵札の顔は、ネットで検索した100人の阿蘇ランナーを参考に描きました。
ランナーの胸のゼッケンは距離を示す数字になっています。読み札のキロ表示と同じ数字の絵札を取ってもらいます。
こうして出来上がった阿蘇カルタ、あそびかたの大切なルールがあります。
「読み人はルームランナーで走りながら読むべし」。
昨日、人を食っていた顔は、今日は舌を出してハアハア乾いています。
スタート
20キロ 給水でむせて げっほげほ
延々登る 65キロ
一歩、一歩、牛歩 81キロ
白熱の戦いになりました。白い女性の勝利。次の一戦はお客さんにも10枚ずつ交代で読んでもらうことに。わたしも取り手として参戦しました。
大きくあけた口の向こうから苦しい息づかいとともに聞こえてくる、「48キロ!」
声が切迫しています。札が見つからないと読み人をそれだけ長く走らせることになるので、早くとらなくちゃ、と取り手の士気もあがりました。
激しい攻防戦を重ねるごとに、ケント紙の絵札が折れ曲がったり絵の具が滲んだり、どんどんよれていくのもランナーの運命と同じでした。
読み人交代制で走るはめになった山下さん。かぼそい声でようやく10枚読みあげられ、戦いが終わると顔を歪めてストレッチされていました。
夏休み最後の休日、ちびっこ対決です。
優勝者には完走メダルのプレゼント。
制作道場最終日、打ち上げのビールをかけた大人対決。
3人に落ちる濃い陰が、我々のこの一戦にかける本気度を物語っています。
この日も「ピンクのガキ」たまちゃんがあたりをうろちょろしていて、お母さんかまってオーラを出しながら絵札を持ち去ろうとしていたのですが、山下さんは「たま」と短く低い声でぴしゃりとその愚行を制し、片っ端からバシバシ取りまくって圧倒的な強さを見せつけていました。わたしと梅木さんは山下さんの鼻息の前に為す術なく敗れ去った。そっと隣を見たときの山下さんの瞳の炎がやばかった。
そしてこの時読み人ランナーを務めてくださったのは、企画発案者の澤田さま。
左側の赤Tシャツが走り、読む、澤田さん。右側が取り手のわたしたち。
福岡から、豪雨の隙をついていらしてくださいました。わたしは澤田さんが来なかったらヒステリーを起こすところでした。到着されたのは4時頃かな? おせーよ。ずっと待っていました。全然あか牛が登場しないカルタになったので、なんて言われるかハラハラして、何か言われる前に「おもしろいですね」と言わせました。
カルタを読みながら「60キロは確かにモチベーションが下がる」などのランナーあるあるで盛り上がれて、わたしは満足です。
澤田さん、あか牛になろうと思って赤いTシャツだったのかな…
あか牛もいつかやりたいです!
善三美術館チームの醜い争いにつき合って100キロ読み上げてくださいました。さすがランナー! 澤田さんのアイディアのおかげでたのしい1企画ができました。助かった!本当にありがとうございました!
100キロ読み札公開。
←レース高低差グラフ。阿蘇カルデラマラソンは坂道が多いのが特徴です。
阿蘇カル(デラスーパーマラソンのウ)タ
- 朝5時に スタートしてすぐ 1キロ地点
- まだ暗い 肩がぶつかる ここ2キロ
- こんにちは 呼びかけられるは 3キロで
- あらどうも どこであったか 悩む4キロ
- ほかほかと 暖まってきた 5キロ
- たんたんと 心しずかに 6キロ通過
- 忘れてた! アームウォーマー 気付いた7キロ
- おなら出す タイミング計る 8キロです
- 日が射して まぶしい9キロ うつむいた
- 10キロですぞ ひと区切り
- 快調に とばしすぎかな 11キロ
- 12キロ ペースゆるめて 足温存
- 日焼け止め 塗り直さなくちゃ 13キロ
- いい気分 汗が噴き出る 14キロ
- きゃっ危ない 足を踏まれた 15キロ
- エイドだよ がぶがぶ給水 16キロ
- きもちいい 17キロまで 絶好調
- キロ何分? 18キロまで キロ6分
- 19キロ 焦りすぎだと とがめられ
- 20キロ 給水でむせて げっほげほ
- 雄大な 自然を眺む 21キロ
- 坂道に 入る手前の 22キロ
- ここからだ 急な登りは 23キロ
- ゼイハアと 呼吸乱れる 24キロ
- 歩きはじめる人たちに つられないぞ 25キロ
- ピークを超えた 下り坂 26キロ
- 重力に 身をまかせる下り 27キロ
- 28キロ スピードゆるめず エイドパス
- つんのめる 下りはたのし 29キロ
- うすぐもり 山は涼しい 30キロ
- 下ったと 思えば登りの 31キロ
- とほほと顔を見合わせる 坂道 32キロ
- 私設応援団がうらやましい 33キロ
- 梅干食べたい 34キロ
- もうじきだ 下り坂の気配 35キロ
- 腕をだらんと下げて リラックス 36キロ
- 呼吸を整えると また登り 37キロ
- 超きつい あきらめて歩く 38キロ
- 39キロ ピークまであと少し
- 標高900m ピークだよ 40キロ
- ピークは終わった さあ下り 41キロ
- フルマラソンの距離だ 42キロ
- 下りは得意 太っているから 43キロ
- 永遠に 下りならいいのに 44キロ
- どんどん抜かす 45キロ
- 前傾になるのがポイント 46キロ
- はりきって足がもつれた47キロ
- もうすぐ半分かな 48キロ
- そろそろ半分かな 49キロ
- やっと半分です 50キロ
- 阿蘇市浪野支所 51キロ
- 少しだけ 完走確信 52キロ
- ピンクのウエアの女に抜かされると悔しい 53キロ
- 足が重たくなってきた 54キロ
- ゴー!!ゴー!! 55キロ
- 黒糖と 塩を頬ばる 56キロ
- 外輪山ってなんだ? 57キロ
- カルデラを駆けるで。58キロ
- 一気に下る 太ももの悲鳴 59キロ
- 60キロ モチベーションがいつも下がる地点
- 下りきってしまった 61キロ
- 登り坂 走る気力なし 62キロ
- 登りは苦手 太っているから 63キロ
- 正念場 分かっているけど 64キロ
- 延々登る 65キロ
- 口からとびでるのは心臓 66キロ
- 心拍数 ぶっこわれるリズム 67キロ
- 果てしない登り 68キロ
- いちキロいちキロ 刻むだけ 69キロ
- 70キロ あと少しじゃんって 感じがする
- この道が いいねと君が言ったから 71キロ
- 励ましてくれる 赤牛の群れ 72キロ
- 眠気におそわれたのは 73キロ
- 腹痛に悩まされたのが 74キロ
- 沿道の民家でお手洗いを借りた 75キロ
- トイレで居眠り 10分ロス 76キロ
- おなかすっきり 77キロ
- ちょっぴり下る ごほうび78キロ
- そしてまた坂道 うんざり79キロ
- さいごの登り坂だ 心を殺して 80キロ
- 一歩 一歩 牛歩 81キロ
- ももももも もうすぐてっぺん 82キロ
- 雄大な 自然を望む 余裕などない 83キロ
- ここから先は平地と下りだけ!! 84キロ
- 緑豊かな 平原 85キロ
- ゴールしたら 食べ放題行ってやる 86キロ
- スイカ バナナ アクエリ 87キロ
- やーやーやーやーやーやーやー 88キロ
- ヘアピンカーブを一気に駆け下りる 89キロ
- 90キロ この数字を見ると安心する
- 残る距離はひとケタ カウントダウン91キロ
- 激下り 一瞬で終わった 92キロ
- フラットに なった途端に 足止まる93キロ
- 11時間切りが目標だったんだけど 94キロ
- 足が進まないよう 95キロ
- 苦しいよう 96キロ
- 貧血ふらふら 97キロ
- 全然走れなくてどんどん抜かされて心配したおじさんに介抱された 98キロ
- いちキロ進むのに15分かかった99キロ
- 女性は全員「美ジョガーのゴールです」ってアナウンスで迎えられてたのに私だけ言われなかった 100キロ
番外編。
カルタつながりで、貝合わせもしました。いわゆる神経衰弱。
版と、版画でひとセットになっています。
わりと子どももたのしんでいた。わたしは、北海道から送ってもらったホタテをなんとかしなければと強いプレッシャーを感じていたので、解放されてよかったです。留萌のみはるちゃん、ありがとうございましたー!
---本日の学芸員赤ペン---------
阿蘇カ(ルデラスーパーマラソンのウ)タは、100キロを1キロずつ刻み、毎キロごとのランナーの心理を読み札にするというところがおもしろいと思いました。
「しかし、絵札が1版による一種で、ゼッケン番号の数字で取るってどうなのよ」という心配も杞憂におわり、番号順に読まれるのに、番号わかってるのに、思った以上に壮絶な闘いとなり、カルタ大会としても大変盛り上がりました。おもしろかった。
一種とはいえ顔の表情は非常に細かに書き込まれていたので、回を重ねるごとに「トイレを貸してくれたのはこのおじさん!」とか「ピンクのウエアはこのおばさん!」とか親近感まで沸いてきて、是が非でも取りたい札が出てきたりしました。同じ版を使っても、まして小さな版だけど、これだけ違う表情になるんだなと、版画の可能性とおもしろさを改めてみた思いです。
そして、走りながら読むのがよかったです。わたくし、はずかしながらほんの10枚ですっかり息が上がり、ふくらはぎがパンパンになったので、100枚何度も読んだくるみちゃんはすごいと思います。100キロ走る人たちにはほんのそこまでなんでしょうけど。しかも、くるみちゃん、カルタを読んでいるときの声がかわいい。司会のお姉さんか声優みたい。
「じゃあいくよー!ゴーゴー55キロー!!」とか。
ゼーハーならずに、後頭部辺りから突き抜けるかわいい声を館内に響かせていました。
これによる盛り上げ効果もだいぶあったと思うな。
それからやはり、読み札の内容が、100キロ走るランナーでないと考え付かないものだし、だからこそのリアリティがあっておもしろかったんだろうなと思います。文走両立ですね。
加えて、カルタが打ち上げのビールまで楽しみにしてくれるなんて、未来に向かって開かれたよい企画でした。
坂本善三美術館 学芸員 山下弘子